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小説家は言葉を慎重に選んで小説を書くそうだ。なぜなら、漢字でもカタカナでもひらがなでも、そこに当てはまる言葉は一つしかないという。それを見極め、文章を綴っていくそうだ。なんだか、画家が色や線を選ぶのと似ていると思う。
 
 今日はこれまた、井伏鱒二の作品の中で有名な「鯉」という話について。
この話も、後に、飛込台から鯉を見つめるシーンや鯉を最後プールに描くシーンを書き加えたそうである。最初の鯉を読んだことはないが、やはり終わり方が違うのだろうと思う。

 井伏鱒二は親友の青木南八に多大な影響を受けたそうだ。それはこの作品からすごく伝わってくる。きっと、若くして亡くなった青木南八のために書いた話だと思う。

 なぜか、私はいくつか植物が出てくるところが気になった。
まず、最初に出てきた「無花果の葉」これは、鯉をどうしようか、殺してしまおうかと悩み、洗面器の中の鯉を無花果の葉で覆うのだ。なぜ、無花果の葉なのか? ほかの葉じゃだめだったのか? そこで調べた。すると、無花果の葉とは旧約聖書に書かれているアダムとイブが腰巻に使っていた葉とされていた。そして無花果の実は不老長寿の果物とあった。青木南八からもらった「鯉」という「私」にとって大切なものは、アダムとイブのように、無花果の葉で隠したかった。なるほど、その辺の落ち葉じゃあだめな訳だ。

 そして次に出てきた植物は、青木南八のためにお見舞いに持って行ったサボテンの鉢。そのサボテンには大小の花が二十四個咲いていた。なぜ、二十四個? 十でも二十でもいいじゃないか。気になったので調べてみたら、青木南八は二十四歳で亡くなったようだ。また、お見舞いに鉢を持っていくのは「根付く」ということからタブーになっている。そして、サボテンの花言葉は(種類はわからないが)、「秘めた熱意」である。そしてそれは、青木南八の棺の上に置かれるのである。

 この後、鯉を返してもらうため釣りにいくのだが、そこでまた植物、おいしそうな枇杷が登場する。早朝から夕方まで釣りをして、たくさんの枇杷を食べたとある。枇杷の花は一つも出てこないが、花言葉は、「温和」「治癒」「あなたに打ち明ける」であった。
それ以降、植物は、「プールの水面に木の葉が散った」とだけある。これは、よくある光景で別に気にならなかった。

 あとは、冒頭の「すでに幾十年前から私は一ぴきの鯉になやまされて来た」が大変気になった。じゃあ、これを書いている「私」は鯉をもらって十幾年後の「私」のようだ。そして、次に続く文章は「学生時代に友人青木南八(昨年死去)が~」とあるのだ。
「私」は青木南八が亡くなってから一年後に書いているということになる。
青木南八は、「私」が愛人宅の池に鯉を放ってから六年目に亡くなる。鯉を愛人宅に放ったのは、鯉をもらった年の冬。
ということは、冒頭の次に続く文章にある(昨年死去)によると、これを書いているのは鯉をもらってから七年目の私ということになる。

 では、冒頭の「すでに幾十年前から私は一ぴきの鯉になやまされて来た」とは? 鯉をもらって十幾年も経っていない。では、この物語が終わってから、さらに何年後かの「私」が「なやまされて来た」と書いているのだろうか? でも、次の文の「私」は青木南八(昨年死去)と鯉をもらってから七年目の「私」になっているのだ。幾十年としたのは、デフォルメであろうか? では、あえてデフォルメした理由は何なのだろう。そして、「すでに」という言葉も妙に引っかかる。

 そして最後に、青木南八にもらう「鯉」であるが、これは一体何なのか? 
「私」は鯉を殺さないことを誓ったり、やりばに困ると殺してしまおうかと考えたりする。青木南八が亡くなると、すぐに鯉を釣り、早稲田のプールに放す。鯉がプールを誇らしげに泳ぐ光景に感動し、涙を流す。そして、最後にプールに張った氷の上の薄雪に、大きい鯉を描く。青木南八から贈られた、すでに幾十年も悩んでいて、感動させられ、そして、最後には氷の下のあの鯉を、でっかく氷の上に描く。そして満足して終わる。

「鯉」とは何であろう。

それは、井伏鱒二が小説を書くということに等しいのではないか。井伏鱒二が小説を書くのは、氷の上ででっかい鯉を描く行為そのものなのではないかと思う。そして、彼にとって、青木南八から贈られた「鯉」とはきっと、彼が人生で書きたいこと、書かなきゃいけないこと、なんじゃないかなと思った。
 
 

 
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Author:takako
大阪府柏原市在住
takakoといいます。
ぼちぼちと絵や変なものを作ったり、本読んであーだこーだと思ってます。takakoの作品集もあるので、リンクからどうぞ!

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