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ひょっとこ

芥川龍之介の初期作品で好きな、ひょっとこという話。これは、彼の作品の中では有名ではないかもしれない。しかし、読ませ方がうますぎて感動した。

あらすじは、酒に酔った平吉というひょっとこの面をかぶった男が船の上で脳溢血で死んだ話である。

 この平吉は、酒が好きで、医者にとめられても、のんでしまう男である。なぜか? 生理的にものまずにはいられないのだろうけど、精神的にも酔っぱらって気が大きくなり、他人に遠慮せず、踊ったり寝たりできるのが有難いそうで、また、ふだんの自分とは違うというところも自覚している。そして、ふだんの自分と酔っている自分、どっちが本当の自分なのかわからないそうである。
 なぜなら、ふだんの自分というは嘘ばかりついているからである。
 
 この話は、構成がすばらしい。平吉が嘘をいうというと、前置きしているにも関わらず、あっさり信じ込ませる、プチだまし。そして、最後のひょっとこ面での終わり方。本当によくできている。まるで、脳内に映画が流れているようだった。

 また、主題について、嘘をつくのも、酒に酔うのも、死ぬ顔も、これ全部平吉である。最後の平吉のセリフ「面を、面をとってくれ」が非常にきいている。人は、いつ何時も、様々な面をかぶっている。どれが本当の自分なんてわからないものである。
 平吉のような、全部嘘みたいな男は滑稽で、それこそ、この話の主題「ひょっとこ」なのである。見せ方、読ませ方、本当に芥川龍之介は頭のいい人である。



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羅生門

芥川龍之介といえば、一番有名なのはやはり羅生門だろうと思う。これも、高校の教科書などに載っているそうだ。

 この話は、生きるために蛇を干魚だと偽って売っていた女の死体の髪を、これまた生きるためにカツラとするべく引き抜く老婆の着物を、これまた生きるために追剥する下人の話である。

 下人の心境はこうである。最初の彼は、盗人になることを積極的に肯定する勇気がなかった。そして、死体から髪を引き抜く老婆の姿を目にしたとき、あらゆる悪に対する反感が生まれ、餓死を選ぶ心境になるほど、悪を憎んだ。しかし、老婆の言葉を聞き、餓死という言葉は意識の外に追い出され、下人は老婆の着物を盗ったのだ。

 老婆の言葉、それは下人にとって盗人になるべく正当な理由だった。盗人を積極的に肯定する勇気を与える言葉だった。
私は老婆の言葉から、食物連鎖を想像した。
自然界の生き物は、食物連鎖の上になりたっている。それは、生きるために行われていることである。もちろん人間もその一部に組み込まれていることは間違いない。

 しかし、私たち人間達は、道徳心がある。他の生き物にあるのかどうかはわからない。だが、人間には確実にある。善悪や理性をもち、それに縛られ、悩み、苦しみ、しかしそれに守られ、生きているのだ。法律があり、裁判をする生き物も人間だけである。
下人は盗人になることを悪だと知っているが、生きるためには盗みをしなくてはいけない。だが、生きるためとはいえど、悪い行いをしてもいいのだろうか。それは、きっと、誰しもその立場に置かれたら通る心境だと思う。人間の社会では、人のものを盗むのは悪行だ。

 では、自然界ではどうだろう? 
獣や昆虫達は、盗みは悪いことだと思っているか? 
思っていないだろう。生きるために必要なら、その行いをするしかない。生き物はたくさんの命の上に成り立っている。それを、悪だとか善だとか言わない。法律も裁判もない。食べたり、食べられたり、奪ったり、奪われたりの繰り返しである。それが、自然界。生きるか死ぬかである。

 下人は人間界のルールの上で今まで生きていた。それが、災いによって壊され、自然界に投げ出され、猿のような老婆の言葉で、下人の善悪は意識からなくなったのだ。以下老婆の言葉を一部引用。

「この女がした事が悪いとは思うていぬ。せねば、餓死するぢやて、仕方がなくした事であろ。されば、今又、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、餓死をするぢやて、仕方がなくする事ぢやわいの。ぢやて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」
 
 下人、老婆、死体の女。誰を責める事ができるであろう。餓死するから仕方なくしたのだ。人間界では悪だとみんな言うだろう。いくら餓死するからといって、やって好いこと悪いことの区別をつけなきゃいけない。人間には理性がある。守らなければいけない秩序がある。これが崩壊すると、人間は勝手気ままに、己のことのみを考え生きていくだろう。力が支配し、争いが絶えない世界。すなわち自然界。生きるか死ぬかだ。
理性的な人間からすれば、盗人か餓死かの他に生きる方法はないの? と思うだろう。

 では、理性的で道徳心を持つ私達は、生きるために仕方なく、他の動植物を殺して食べているか? 生きるために仕方なく森林を伐採、ゴルフ場などを開拓しているのか? 生きるため仕方なく、海を汚し、空気を汚しているのか。
ほとんどのことは、生きることとはなんら関係のないことばかり。余興や趣味、金儲け、より良い生活を目指して、ただただ便利だからと、生き物を死に追いやっている。そして、そのことを悪いだなんて考えもしないのだ。

 人の物は盗ってはいけない。死体から髪を抜いてカツラにするなんてもってのほか。それは、ただただ悪だから。だけど、海や山や空気だって汚してしまっても、仕方がない。人間のために絶滅した動植物がどれくらいあるだろう。しかし、そんなことは関係ない。悪だなんて思わない。これが人間界だ。

 人間が人間として誇りを失わずに生きていくには、道徳、秩序を守り、人間界で生きるより他ない。その人間界が滅びてしまったのなら、人間は自然界の人間として、その種を守り抜くしかない。生きるか死ぬか。命をつなぐとは、そうたやすいものではないようだ。





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Author:takako
大阪府柏原市在住
takakoといいます。
ぼちぼちと絵や変なものを作ったり、本読んであーだこーだと思ってます。takakoの作品集もあるので、リンクからどうぞ!

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